魔術代行 グリモワール ワールド | 魔術の歴史

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魔術の歴史

世界各地の部族社会では、シャーマンや呪術師と呼ばれている人々が治療、祈祷、雨乞いの儀式などを行い人々の悩みを解決してました。先史時代にも行われていたと想像されるこの呪術的な行為は魔術の起源ともいえます。旧石器時代の洞窟遺跡には、呪術師であると解釈できる人物像が描かれたものが発見されています。魔術は、古代に入ると体系を持つようになります。古代ギリシアや古代エジプトの巫女(みこ)たちは、天候や薬草など様々な知識を体系的に学んでいました。

ルネサンス期には、魔術という言葉は霊と交渉する魔術の類を指し、キリスト教的な通念では異端的な忌まわしいものとされていました。こうした魔術はグリモワールと呼ばれていました。こうした書物は主として聖職者や学者などがラテン語の読み書きができる多少なりとも教養のある人々が隠れて読み、写本の形で流布していました。これらの書物に記された魔術は識字者による識字者のための魔術であり、一般的な庶民に広がっていた呪い(まじない)と違うものでした。

そのことは、ヨーロッパ中世において魔術の担い手の多くが聖職者であったことを意味します。魔術は悪霊と交渉する異端的なものとして神学者から非難されていましたが、一部の聖職者は深く魔術に手を染めていました。例をあげると12世紀のヘンリー2世の頃の学僧、ソールズベリーのジョンは少年の頃、鏡を使った魔術を行う神父に霊視をする役をさせられていたと記録に残っています。また、降霊術を行った罪で告発された聖職者の宗教裁判の記録は数多く残っており、その中には司教も含まれていました。

ルネサンス期に入ると魔術という言葉は霊と交渉する技術の類を指し、キリスト教的な通念では異端的な忌まわしいものとされていました。こうした魔術は「グリモワール」と言う言葉で総称されるようになりました。魔女狩りの時代に入ると大っぴらに「グリモワール」を実行したり、写本を所持することは、命がけの行為となりました。すなわちキリスト協会に知られた時点でそれは死を意味していました。それほどまでにキリスト教徒が恐れる強力な脅威が魔術だったのです。

「グリモワール」を影で実践する者たちの使用目的は、「異性の愛を得る」「財宝を手に入れる」「権力を手に入れる」などでした。特に17世紀から18世紀は恋愛、不倫、金運に関する目的の魔術は人々の間で非常に需要があり、願いを手に入れるには魔術がもっとも有効な方法と考えられていました。そのため、望めば叶ってしまう魔術書「グリモワール」の写本は高値で取引されていたのです。

かつては聖職者や科学者、権力者のものであった「グリモワール」は、16世紀頃から医師、弁護士、軍人といったインテリ層にも広がり、有名なナポレオン・ボナパルトも愛読していました。「グリモワール」の中でこの世に出してはならぬものとして、ヨーロッパの歴史の闇に封印された禁断の書物、中世ヨーロッパ最大の魔術書でした。この魔術書は写本や口頭伝授と言う形で親から子へそして孫へという形で、あるときは風変わりな貴族の蔵書として、幾つもの世代をくぐり抜けて来たのです。それらの写本の一部は、大英博物館の書庫に収まり、現在でも貴重な歴史的資料として保管されています。


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